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波瀾万丈!マイカー歴(シトロエン ・エグザンティア時代)

カーナビ背景Xantiaバージョン

XANTIA 1996/2 1999/9 1999/10 2000/12 2001/1 2002/4

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1996年2月〜1999年9月(3年8ヶ月)
初代シトロエン・エグザンティア
   
SX(セイシェルブルー色)

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友人のBX19と
彼は2CVも所有

1996年2月。 前車プレリュードの車検が迫り,また3月の結婚を控え,それまでのかっとび2ドア車からファミリーユースの4ドア車への乗り換えを検討。ただし,4ドアセダンは嫌,ハッチバックが欲しい,スポーティー(ファッショナブル)でありたい,というわがままな要求を満たす車を探す。結果,そんな車は日本車にはなく(三菱・マツダ・日産に5ドア車はあったがスタイリング悪い),フランス車5ドアのシトロエン・エグザンティアかルノー・ラグナが最終候補に。両車試乗の上,当時ユーノスだったマツダ店でエグザンティア購入を決定する。ちょっとエンジンパワーが足りないのが不満(何と言っても プレリュードが200馬力)だが,乗り心地やスタイリングなど補って余りあるので満足。

3年目の車検のときにエクスクルーシブへの乗り換えも検討したが,結局そのまま車検を通して乗り続ける決心。なんと9台目で初めて車検を通した車となる。


1999年9月,自宅近くの交差点で右折信号待ちをしていたところ,前方不注意のワゴン車に後方から追突される。全額相手側保険での修理となったが,ハッチバック・バンパーなどの損傷がひどく,修理費と車両査定価格がほぼ同等ということになり,結局全損扱いで廃車となる。

結婚生活のスタートともに乗り始めた思い出の車であったし,1才半になった息子もシトロエンマークを覚えて「パパの車シトロエン」と言い始めていたので,たいへん残念であった。

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1999年10月〜2000年12月(1年2ヶ月)
2代目シトロエン・エグザンティア
    
エクスクルーシブ(ルージュピポワン色)

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1999年10月。セイシェルブルーのエグザンティアに代わる車・・・それは他の色のエグザンティアしかないという結論に達し,再びエグザンティア購入を決意。エンジンパワーの不足を感じていたことと,どうせ乗り換えるならグレードアップしたかったので,ハイドロ2のエクスクルーシブにする。色は一目見て気に入ったルージュピポワンを選択し,シトロエンとの提携解消後も車両を扱っているマツダアンフィニ横浜西店から購入。

8ヶ月になろうとしていたとき,走行中に3速固定状態になる(低速走行時にはエンストする)という異常事態が起こり,トランスミッションの異常を示すスポーツ・スノー表示灯の同時点滅も頻発するようになる。2度の調査入院の上,ミッション制御コンピュータの交換で解決する。1年点検は,シトロエン正規代理店の三ツ沢店に出してみるが,特に異常はなく整備を終える。このとき,店内で見つけた「シトロエン駐車場」と「別冊CG」をシトロエンフリークになっている3才の息子のクリスマスプレゼント用に購入する。「エグザンティアミニカー」も欲しかったが在庫がなかったので断念。


2000年12月9日。いつものように実家に向かって環状2号線を走行中に事故に遭う。こちらは流れに合わせて70Km/h程度で普通に走行中,200Km/h近い猛スピードで暴走するBMW車に追突される。衝撃で20cm以上 高さのある中央分離帯に乗り上げ,対向車線に飛び出しかけた状態で停止。後部ハッチバック及びトランク部分大破,下回りもガリガリに擦って前輪車軸のゆがみ等発生。後部座席チャイルドシートで眠っていた3才の息子は,奇跡的に無傷。運転中の私は全治10日程度の頸椎捻挫と診断。

この事故は暴走BMWが私のエグザンティアだけでなく,5台の車に次々と衝突していったものと判明。1台目に追突された車は街灯に激突横転し,運転手が死亡。2〜4台目は側面を擦られた形で小破。5台目の私の車に追突して暴走が止まったものだった。当然,相手側保険にて補償がなされることになったが,ルージュピポワンのエグザンティアは全損廃車となった。

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2001年1月〜2002年7月(1年 6ヶ月)
3代目シトロエン・エグザンティア
    
エクスクルーシブ(グリクォーツ色)

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2000年12月。エグザンティアは2001年夏にはC5へとモデルチェンジし,販売中止となる予定であり,新車のエクスクルーシブは既に入手不可能となっていた。2000年12月の段階では,SXベースのリミテッド・エディションがなんとか手に入る状態。そこで,2代目と同程度の中古車エクスクルーシブを探すことを決断。

初代・2代目を購入したマツダアンフィニ横浜西に入っていた1999年9月登録のグリクォーツ色の一台をピックアップ。保険会社と交渉の結果,初代・2代目と付けていたサンルーフを後付することを条件に,代替車両として手配することを決定。20世紀最後の陸運局開業日12月28日に納車

2001年2月。どうしても気に入っていた2代目と比較すると不満が出でしまうので,自分を納得させる上で,慰謝料として保険会社から出たお金をつぎ込んで,装備の充実を図る。後付サンルーフ工事の実施とともに,カーナビ/ETC/MDオーディオシステムを導入。

2002年4月。しかし・・・やはり好みの色ではなかったことと,一部パーツにガタがき始めていること,3万キロ9月車検でスフィアの交換も必要になってきたことなどで手放すことを決意。きっとマツダアンフィニ横浜西さんがよい嫁ぎ先を見つけてくれるでしょう。

C5納車待ちがなんと3ヶ月もあるので,7月まで乗ることになる。そんな5月・・・買い物待ち時間に近くの商店街でエンジンを切ってカーTVを30分ほど見ていたら,バッテリーが上がってしまう。どうしようもなくJAFのお世話になる。その後も7月までだからと,ごまかして乗り続けていたら・・・6月のある日ついに自宅車庫でエンジンがかからなくなってしまい,またまたJAFを呼ぶ。その足でマツダアンフィニ横浜西へ行き,あと1ヶ月だからと無料でバッテリー交換してもらう。

2002年7月28日。最後にだだをこねたエグザンティアはマツダアンフィニ横浜西に引き取られた。8月に見てみると,こすり傷などもそのままの状態で198万円で店頭に並んでいた。いい人に買ってもらえることを・・・

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